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市ちゃんの徒然なるままに
「たたき上げ」「苦労人」  2020年9月4日

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今から30 年以上も前のことです。

日本共産党の京都の責任者に就任し、地元テレビ(KBS)のインタビューを受けました。

インタビューといっても2、3分ではなく「新府委員長に聞く」という30分近い特別番組でした。
当時、全国で一番若い県委員長だったのと、先輩たちが築いてきた京都の党の政治的位置がそういう番組を組ませたのだと思います。

番組の中でなぜ党に入ったのかと問われた私は、「幼い頃に父を亡くし、貧乏の中で育った。戦争で肉親を沢山亡くした。こんな世の中をなんとかしたいと思ったのが原点です」と答えました。

どうしてこんな昔のことを覚えているかというと、そのテレビを滋賀の実家で見ていた母から放送直後に電話があったからです。(地元テレビといっても近畿圏は全て受信できます)

「貧乏を売り物にするな」という厳しい叱責の電話でした。

明治生まれの女性の気骨とでもいうのでしょうか、普段は物静かな年老いた母(86才)にしては珍しい強い口調でした。
私の父方の祖父が戦前、滋賀の県会議員や旧旭村の村長を務めたことがあり、そうした誇りに傷がつくというあやまった思いが母のなかにあったように思えます。「天下に恥を晒す必要はない」とも言っていましたから。

先輩の幹部からは「いっちゃん、昨日のテレビは良かったけど、貧乏人云々のとこだけまずかったね。われわれは『窮乏化革命説』とは無縁だし、あれでは貧乏人しか入れない党のように世間から誤解されるよ」、と指摘されました。

入党の原点は今も変わってはいませんし、これらの指摘には少し納得できないところもありました。

でも「なるほど」と考えさせられもしました。

生い立ちや出身階層がその後の思想形成になんらかの影響を与えることはあるでしょう。

しかし、「苦労人」「たたきあげ」ということと、その後の政治的立場や生き方とは全く別のものだからです。

貧乏で育ったからといって「貧困と格差」是正のために力を尽くす政治家になるとは限らないでしょう。
逆に「自己責任で這い上がれ」という「新自由主義」的発想に陥る場合だってあり得ます。

問われているのは雪深い田舎育ちか、大都会で生まれ育ったかでもないでしょう。

今、現在、どういう政治的立場なのか、どういう政治信条を持っているか、「もらい泣き」できる政治家(浜矩子)か、社会的弱者を切り捨てる政治家か、どういう世界観、人生観なのか、が問われているのです。

自民党総裁選の報道ぶりを見ながら、ふと、亡き母や先輩のことばを思い出しました。


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