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市ちゃんの徒然なるままに
『雪の降る街を』  2019年2月5日

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この歌は私の父が他界した年(1952年)に流行りました。私は10才、母が50、姉が22、兄は16、弟が7才でした。(母はもちろん、姉も兄もなくなり今は弟と二人だけ)

もともと貧乏でしたが、父が亡くなって、滋賀県の村役場で働く姉の給料だけが唯一の収入になりました。

姉には大阪府庁勤務時代の恋人がいましたが家計を支えるため、結婚するとはなかなか口にしませんでした。
兄が高卒後京都の繊維会社に就職し、安い給料の中から仕送りをしてくれました。

ようやく姉が結婚して大阪へ。

母は住み込みで幼稚園の用務員になって私たちを育ててくれました。私と弟も幼稚園の四畳半の部屋に母とともに住み込みました。

『雪の降る街を』が流行ったのはその頃でした。

戦前からの大きなラジから流れるこの歌を聴いて、寂しさをこらえるとともに、なぜか未来への希望と励ましをもらったような気がしました。

メロディーもいいのですが、歌詞がとてもいいのです。1番から3番まで、最初のフレーズやメロディーはどこか物悲しいのに、最後は、「元気に前を向いて歩め」と励ましてくれているような中身でメロディーも高揚感があるように思いました。

「〜この思い出を この思い出を
いつの日か 包まん
あたたかきしあわせの ほほえみ」

「〜この悲しみを この悲しみを
いつの日か ほぐさん
緑なす春の日の そよ風」

「〜このむなしさを このむなしさを
いつの日か 祈らん
新しき光ふる 鐘の音」

この歌はラジオドラマ「えり子とともに」の挿入歌で、面長の日本人離れをした面立ちのシャンソン歌手・高英男が歌って大流行しました。

作詞は内村直也、作曲は中田喜直です。中田の父・章は「早春譜」を作曲した方です。

中田喜直が作った校歌の発表会のため鶴岡を訪れたことがありました。

その折に鶴岡在住の音楽愛好家・菅原喜兵衛の自宅を馬ソリに乗って訪ねたといいます。

その時の雪景色を思い浮かべて作られたのがこの曲だと言われています。
だから毎年2月に行われる「鶴岡音楽祭」のフィナーレは、この歌が歌われるそうです。

いや、舞台は北海道の旭川だと言う説もあります。

ところが今日、私を庄内空港から演説会場まで送ってくれたHさんは、4才まで旭川近くで育ち、いまは鶴岡に住んでいる人です。その人によると、「旭川の寒さは桁外れであの歌は似合わない、絶対鶴岡がモデルだ」と断言しておられました。

私もなんとなくそんな気がしました。

でも今日は残念ながら雪は降っていませんでした。

地方遊説にはこう言うことを考える楽しみもあるのです。

次の日曜日は徳島です。

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