Home Back
ご意見ご要望をお寄せ下さい 日本共産党 副委員長・参議院議員 市田忠義
プロフィール
人・であい
「しんぶん赤旗」を ぜひご購読ください
日本共産党に入党しませんか
定例記者会見
窓
談話など 調査・懇談など 国会質問
映像コーナー
→目次ページへ戻る
市ちゃんの徒然なるままに
「啄木と社会主義」  2018年9月21日

画像
「赤紙の表紙手ずれし国禁の書よみふけり秋の夜を寝ず」(石川啄木)

この歌は啄木の1910(明治43)年7月27日のノートに記されていたものであり、8月7日付けの『東京朝日新聞』に発表された。

しかし、のちに『一握の砂』に収録する時に、啄木は重大な改作をした。

赤紙の表紙手擦れし 国禁の書(ふみ)を行李の底にさがす日

ノートの歌の方がはるかにリアリティーがある、と歌人で啄木研究者の碓田のぼる氏は言う。
現在進行形が過去のものとなってしまっているのだ。

これは、当時、思想・表現・出版の自由が徹底的に国家権力の弾圧にさらされていたことに起因していると思われる。

大逆事件は1910年6月、判決は翌年1月18日、11人が24日に菅野スガは翌日に処刑された。

それはさておき、啄木の死後、「行李の底」から発見された19冊の「国禁の書」の中には堺利彦発行の『社会主義研究(合本)』が含まれていた。

実はこの月刊誌第1号(明治39年3月15日)に幸徳秋水、堺利彦共訳の「共産党宣言」が掲載された。第4号にはエンゲルスの「科学的社会主義」(堺利彦訳)も載っている。

碓田氏の研究によると、啄木は「共産党宣言」「科学的社会主義」はもちろん「資本論」も読んでいたのではないかという。

そうなれば啄木はこうした本を読んだ日本で最初の文学者、ということになる。

標記の歌は1910年に作られたものだから、ただただ驚くばかりだ。

〒100-8962 東京都千代田区永田町2-1-1 参議院議員会館513号室 電話03-6550-0513 Fax03-6551-0513
〒537-0025 大阪市東成区中道1-10-10 ホクシンピース102号 電話06-6975-9111 Fax06-6975-9116
2001年12月1日開設  Copyright(c)2001-, 市田忠義
Welcome to Ichida Tadayoshi Home Page. Sorry! Japanese only. Since 2001.12.1
本サイト掲載の記事、写真等の無断転載を禁じます。
本サイトはInternet Explorer6、Netscape Navigator6.2で動作確認しています。