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市ちゃんの徒然なるままに
「川端俊英先生への『別れの言葉』」  2018年5月20日

「別れの言葉」(5月20日の通夜)

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川端俊英先生の最初の赴任校、滋賀県立 八日市高校時代の教え子の市田忠義です。
すみ子夫人を始め、ご家族、ご親族の皆様に心からお悔やみ申し上げます。
虫の知らせというんでしょうか。去年の年末に、大津駅近くのホテルで、昼食をご一緒して以降、今年の2〜3月頃、自宅に一度電話したきりでした。その時は在宅治療中で直接お話はできませんでした。4、5日前、その後どうしておられるか心配になって電話しようと思っていた矢先の訃報でした。クラスメイトの中野善之助君からの電話に、言葉を失いました。
去年、山科の病院に伺った時は、比較的お元気で、年が開けたら花見でもしようと約束していたのにそれも果たせませんでした。無念でなりません。

私と先生との交流が始まったのは1958年、八日市高校で国語を教えていただき、文芸部の顧問になってもらって以来ですから、もう60年の長きに渡ります。高校時代からよく下宿をお訪ねし、人生いかに生きるべきか、政治や社会、安保闘争、近代文学から、恋愛、音楽など様々なことを語り合いました。私が生まれて初めて聞いたクラシック音楽は先生の下宿のプレイヤーから流れる「チゴイネルワイゼン」でした。

高卒後、大阪の繊維会社に就職しました。人生の進路に悩み 左京区高野のアパートを訪ねて相談に乗っていただきました。部屋の片隅に置いてあった「しんぶん赤旗」をその時始めてむさぼり読んだことを懐かしく思い出しています。1961年の頃だったと思います。

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その後、働きながら立命二部で学んだ時も、日本共産党党の専従になるときも、人生の節目節目でいつも親身になって相談にのっていただき助言してもらったのが川端先生でした。結婚するときの仲人も先生ご夫妻、妻が着たウエデイングドレスも奥様からお借りしました。
山科のお宅に泊めていただいたこともあります。小さい頃の真穂ちゃん、真樹君のこともよく覚えています

1998年の参議院議員選挙に初出馬する際も、オール八日市、オール滋賀の力を総結集するために多忙な中を奔走していただきました。京都を離れ党中央勤務になった時、はからずも私が書記局長に選ばれた時、京都や滋賀県に演説に来る時などは、ほとんど毎回、先生が中心になって懇親の場を持っていただきました。それがどんなに私にとって励みになったか知れません。

愛知の同朋大学の退官記念講義とその後の懇親会にも招いていただきました。この60年間、交わした手紙は数え切れません。
毎年、少なくとも数回は今日もおみえの山本先生、今は亡き中村先生、中野君らと一献傾けました。

先生は、誰に対しても、相手の意見や思いに真剣に耳を傾け、親身になって相談に乗り、的確な助言をする人でした。間違った意見には率直にモノを言う人でもありました。原則的で柔軟、あくまで筋を通す信念の人でした。定年退官後も、居住地の滋賀県の民主勢力の顔として先頭に立って頑張られました。隠居気分は一切ありませんでした。民主県政の会、滋賀文化の会、革新懇、治安維持法同盟、等々、携われた活動分野は数え切れないくらいでした。それが先生の命を縮めることになったのでは……と、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
しかし先生はおそらく「自分は与えられた条件の中で、精一杯生き、戦い抜いた。悔いはない」と思っていらっしゃるに違いありません。

私が日本共産党に入党し、今のような人生を歩むようになった導きの人が川端先生でした。

先生は近代文学の研究者、とりわけ藤村研究の第一人者と言っていいと思います。とりわけ破戒論〜破戒三部作といわれる著書は、わたしは専門家ではありませんが間違いなく歴史に残る名著だと思います。丑松の告白の場面やテキサス行きをどう見るか、様々な論争がありました。
部落問題についての正しい認識と科学的社会主義の立場に確固として立つ日本共産党員・川端俊英だからこそなし得た分析であり評論だったと私は思います。

60年間の深く充実した交流を短い時間に語り尽くすのはとても無理です。この辺で終わりにしますが、わたしが生き方の選択を基本的に誤らず、不十分ながらまっすぐな道を歩み続けることができたのは、多くの仲間の支えはもちろんですが何よりも川端先生のおかげでした。

「川端先生、本当にありがとうございました」。

先生が願ってやまなかった、平和で憲法が息づく社会、誰もが人間らしく生きられる社会を目指して頑張ることをお誓いし追悼と思い出の言葉とさせていただきます。

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