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市ちゃんの徒然なるままに
「デユエット歌謡」  2018年5月18日

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18日付「しんぶん赤旗」の文化欄・「文化の話題〜昭和歌謡 わしづかみ考現学」が、歌謡曲ファン、懐メロファンの私にはたまらない。

今回は「デユエット歌謡編」。

「リンゴの唄」は並木路子の唄とばっかり思い込んでいたが、霧島昇とのデユエット曲だったということを初めて知った。ただ男女の掛け合いではなく、一番を並木、二番を霧島が歌う、代わり番こスタイル。

掛け合いで有名なのはいわゆる「銀恋」だが、あまりにみんなに歌われ過ぎているので、私は、フランク永井・松尾和子の「東京ナイトクラブ」の方を好んで歌った。

断っておくが唄の世界だけであって、ナイトクラブに行ったことはない。

月並みな表現だが、文字通り「歌は世につれ世は歌につれ」だ。あの唄が流行ったのはこんな時代だった、高校を出て大阪の繊維商社に勤めた頃流行っていたのはこんな唄だった〜などと、とても懐かしくなる。

今日の記事でちょっとだけ不満なのは、あつかわれている曲が戦後だけ。戦後でも国民的歌謡といってもいい「青い山脈」が紹介されていない。この唄は、藤山一郎と奈良光枝のデユエットである。

戦前も、映画「愛染かつら」の主題歌「〜花も嵐も」で始まる「旅の夜風」は、霧島昇と松原操のデユエット。これがきっかけで、確か二人は結婚されたのではないかと思う。

それはともかく「降る雪や明治は遠くなりにけり」どころか 、昭和もいまや遠くなりつつある。でも昭和歌謡、とくに昭和10年代から30年代までに流行った唄は、いい唄が多い。ほとんど歌える。

軍歌を除いて、メロディーとともに歌詞がとてもいい。よく戦時中にこんな素敵な歌詞が、と感心するのもある。

眠り薬の代わりに、床につくと懐メロCDを聴く。でもだいたい5分くらいで眠ってしまう。

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