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市ちゃんの徒然なるままに
続「漱石と明治」  2018年4月4日

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地方遊説の機中や車中は できるだけ読書を、と思うのだが、ここ数年、乗り物に乗るとすぐ寝てしまう。

加齢のせいか、無呼吸症候群かもしれない。何れにしても読書が捗らない。けさの新幹線でようやく『漱石と明治』(水川隆夫著)を読み終えた。

書評を書く力などないし、だいたい漱石自身あまり読んでいない。

ただどうしても引用しておきたい箇所がある。
第3章「漱石と明治の終焉」の中の〈漱石の"戦争観"に学ぶ〉の次の箇所だ。

「第一次世界大戦中に学習院で行った講演『私の個人主義』(1914年)において漱石は、「自分の個性 の発展を遂げようと思ふならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないといふ事」を強調した。また、『個性の発展』のためには『個人の自由』が必要であると述べて、むやみに危機意識をあおり『自由』を制限しようとする国家主義者を批判している」(158頁)

よく知られている事かもしれないが、私が驚いたのは、大逆事件の翌年の衆議院選挙に英文学者・慶応大学教授の馬場孤蝶が立候補した時、堺利彦らとともに推薦人になり、「私の個人主義」を後援文集の巻頭に載せた、という。

孤蝶の公約には、軍備縮小、「新聞紙法」の改正、選挙権の大拡張 、治安警察法の撤廃、などが掲げられていた。

著者の水川氏は、次のように想像する。

「現在、安倍政権は海外で『戦争のできる国づくり』を急ぎ、メデイアへの政治的圧力をますます強めている。
もしも今、漱石が生きていたら、再び日本が『亡び』への道を歩まないために、憲法9条を護る団体の呼びかけ人に名を連ね、執筆や講演などを通じて、市民や野党と力を合わせて、戦争法廃止や、安倍内閣退陣などを求めて活動するのではないだろうか、……。」(159頁)

私は若い頃、龍谷大学の図書館で司書の仕事をしていた。その頃読んだ本に哲学者の林田茂雄の『 たくましき親鸞』がある。

そこで確か林田は、「もし今親鸞が生きていたら、日本共産党の最高幹部になっていたに違いない」といった意味のことを書いていた。

水川さんの漱石論を読んでいて ふとそんなことを思い出した。

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