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市ちゃんの徒然なるままに
「鈴木瑞穂」  2017年3月28日

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背筋がピーンと伸び、サッサッ!と舞台の上を歩く。いや、スタスタかな。小声の会話まで劇場の最後列まではっきりと聞こえる伸びやかな声。

若い俳優の熱演にも拍手を送りたいが、鈴木瑞穂を観るだけでも大満足。

まさに演劇界のレジェンド。「人生とは何か。それがまだわからないからわたしはこれからも演劇を続ける」と言う。

おん年90。

エレベーターを使わず階段を歩き、1日2万歩歩く。大酒豪と言われていたのに禁酒して節制。(爪の垢でも煎じて飲まないといけない と思いながら酒を飲む。やはり僕は凡人だ)

民芸の「かもめ」を観て演劇の道に。

海軍兵学校出身の軍国少年だった鈴木瑞穂はこう語っている。

「それまで僕は『敵を一人でも多く殺し自分も立派に死のう』とそれだけを考えていた、でも『人間というのは一人一人こんなに多彩な生き方ができる。色彩豊かに生きてる。今までの俺の考え方はなんと貧しかったんだろう』」。

「しんぶん赤旗・日曜版」のインタビューでも鈴木瑞穂が紹介しているチェーホフの創作ノートの話も感動的だ。

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「私には幸福の足音が聞こえる。幸福がどんどん近づいてきている。もう、その、耳のそばまで幸福が近づいているのが聞こえる。しかし、私はそれを見ることはできないだろう。だが、その次の世代の人たちが、その幸福を掴むに違いない。そして、最後にいうのは、来るべき世代は、幸福に行き着いて欲しいと。しかし彼らは、自分自身の幸福を尋ねるはずだ、自分たちの先祖が何のために生き、何の為に苦しんだかを、自らに問うに違いない」。

チェーホフが亡くなったのは1904年、ロシヤ革命の13年前、44歳の時である。鈴木が初めてチェーホフ役を演じたのも44歳の時である。

これを機会にチェーホフの短編を読んでみようと思った。

写真は終演後の出演者、劇団関係者、「銅鑼をたたく会」メンバーとの交流会でのもの。

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