母を語る

貧乏を憎み 平和を願って

 母が句歌集『幾山河』を自費出版したのは、26年前。私の手もとには1冊しか残っていません。読みたい、と言ってくださる方が絶えないので、このたび新装版を出しました。多くの方からの心のこもった感想に、こんなのがありました。

  「母上のお名前が志んさんという、そのことだけでも市田さんの人生と深くつながっていると思いましたが、その母上の文章、俳句、短歌から滲(にじ)み出るお人柄と能力、志そのものが、全て市田さんに受け継がれているという感を強くもちました。やさしく、愛情深く、正義感強く、辛棒(しんぼう)づよく、そして明るい方。志んさんはご自身の母を“慈母”と書かれていましたが、そのことさん(私の祖母)から志んさんへ、そして忠義さんにつながるものをこの一冊は雄弁に語っているように思います」。ちょっと面はゆい気がしますが、じんときました。

  私の好きな母の句と短歌を紹介し、「母を語る」にかえます。

  やせ細るみどり児(ご)抱きて聞く御声

  「昭和万葉俳句集、昭和20年8月15日を詠める応募句」です。幼くして栄養失調で亡くなった兄のことを詠んだ句です。

  どことなく慈母に似てきて初鏡

  やや派手な装いをして句座にいる

  かっぽう着の似合うすてきな母でした。こんな歌もあります。

  我に似ず目鼻調(ととの)う子に生まれ 婚期きたれど嫁ぐと云(い)わず

  父が早く亡くなり、家計を支えるために結婚を先にのばした姉のことをうたった歌です。

  母は1993年89歳で日本共産党員として亡くなりました。貧乏を憎み、なによりも平和を願ってやまなかった母の思いを生かすためにも、さあ4期目への挑戦です。