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2011年1月3日(月)「しんぶん赤旗」

市田さんがひょっこり訪問 綱領を語る

沖縄と日本の未来は

「膝詰めでお話しできる貴重な機会ですから…」


 「基地問題や失業をどう解決するの」「暮らしをよくするには」――。沖縄県那覇市内で開かれた「綱領を語り、日本の前途を語り合う集い」に日本共産党の市田忠義書記局長がひょっこり参加し、ともに2011年の日本と沖縄の展望を語り合いました。


那覇市の4支部「集い」

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(写真)「集い」参加の那覇市の支部のみなさんと市田書記局長

 「日米合意」による米軍基地押し付けに反対するたたかいの高揚で新しい年を迎えた沖縄県。那覇市内の四つの党支部が主催した「集い」には、「昨年の県知事選の結果やこれからの展望を話し合い、元気をもらいたい」という女性や、求職中の若者、沖縄戦の体験者などが集まりました。会場の隣の部屋から市田さんを見つけた高校生も「話を聞いてみたい」と参加。「集い」開始前から和気あいあいの雰囲気です。

唯一の地上戦に

 「膝詰めでお話しできる貴重な機会ですので」。市田さんは自らの生い立ちから切り出しました。

 戦争中の1942年に生まれ、8人きょうだいの7番目。一番上のお姉さんは18歳で肺結核、二番目のお姉さんも栄養失調で亡くなるなど、4人のきょうだいを戦争に関わって亡くしました。

 お母さんが残した自費出版の歌集に、こんな歌があります。

 「飢えに泣き弾丸(たま)におびえて娘(こ)は逝きぬ」

 「これは私の母だけの怒り、悲しみではなかったと思います。沖縄は唯一の地上戦で多くの方が命を落とされました。315万人の日本人が命を失い、生き残った人々も大変な苦労をしました。そういう人々の共通の怒り、悲しみです」。参加者の目に涙が浮かびます。

 お父さんが沖縄戦で戦死した当間孝三郎さん(77)は、「父を探して一人さまよいました。遺体は見つかりませんでした。今も12歳の少年が私の中にいる」。渡嘉敷島での「集団自決」を生き延びた池原利江子さん(88)は、「孫やひ孫に戦争の苦しみをかけたくない。平和のために、共産党にこれからも頑張ってほしい」と語りました。

 市田さんの話は、『蟹工船』で知られる日本共産党員作家、小林多喜二の生き方へと続きます。

 1933年、29歳で逮捕され、拷問で殺された多喜二は、最初の給料全額を弟のバイオリンを買うために使う心優しい青年でした。

 「天皇制権力にたいしては、節を曲げず、正義のためがんばる。しかし、姉や弟、親には優しい心をもった人だった。私は感激してそういう道に自分も入ろうと思ったんです」。そして、大学1回生のときに入党しました。「そのとき、あの戦争に命がけで反対した政党があったんだよと姉たちに伝えたい気持ちでいっぱいになりました」

 水をうったようにシーンと聞き入る参加者たち。続いて市田さんは、「最近、腹が立ったことが二つあります」とのべ、「財界・大企業中心」「アメリカいいなり」という自民党政治の「二つの異常」から抜け出せない民主党政権を批判しました。

説得すべきは米

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(写真)那覇市内で開かれた「集い」

 一つは、菅内閣が大企業への法人税減税と金持ちへの証券優遇税制の延長を決定したことです。大企業は244兆円のため込み金を抱え、手元資金は52兆円。菅首相は法人税減税の理由に「雇用の拡大」「国内投資」をあげましたが、日本経団連の米倉弘昌会長は「(雇用や国内投資は)お約束するわけにはいかない」と拒否しています。

 「一番困っている庶民に減税しないで、お金が余っている大企業に減税するなんて、おかしいじゃありませんか」。市田さんは続けて、大企業の税と社会保険料をあわせた負担がドイツ、フランスの8割にすぎないなど大企業の税負担が決して高くないことなどを明らかにし、党綱領の「ルールある経済社会」の展望を語りました。

 もう一つは沖縄の基地問題です。

 昨年11月の県知事選では、普天間基地の「県内移設」反対を訴えた伊波洋一氏が大健闘し、当選した仲井真弘多知事も「県内移設は事実上無理」とのべるなど、県民のたたかいが情勢を動かしています。

 しかし、12月に来県した菅直人首相は、名護市辺野古への基地移設を「人口密集地ではない」ことを理由に「ベストではないがベター」と述べ、基地押し付けの“見返り”に「一括交付金」増額をちらつかせました。

 市田さんの語り口に怒りがこもります。

 「密集地だろうがまばらだろうが、人間の命の重みに変わりはない。沖縄の人々の気持ちをまったく理解しない発言です。札束で頬をたたき、基地を受け入れろと言うのが許せない。説得する相手は沖縄ではなくアメリカではないでしょうか」

 菅首相に続いて沖縄入りした前原誠司外相は、普天間基地は辺野古への「移設」が実現するまで継続使用されるといい放ち、県民の怒りを呼びました。

 市田さんは、「民主党政権が自公政権と同じように米軍基地押し付けにしがみつく根源には、日米安保条約があります」とのべ、沖縄と本土の基地の重圧、米軍のための「思いやり」予算など、世界から見て異常な日本の実態を告発しました。

 続いて、「安保条約には一つだけいいことも書いてあります」とのべ、安保条約10条2項によって、どちらかの政府が条約廃棄を通告すれば、相手の同意なしに効力がなくなると説明。「安保を廃棄しようという国民多数の世論ができて、廃棄を通告できる政府をつくれば、通告後、1年後には、すべての基地をなくすことが可能です」との訴えに、参加者はうんうんとうなずきました。

 「安保が危険な条約だと沖縄では広がっているが、全国的にはまだそうなっていません」。市田さんは、沖縄の海兵隊が年の半分以上を海外に展開しているなど海外の紛争に出撃する「殴り込み部隊」であることを明らかにして「海兵隊が抑止力」という見方に反論。世界では軍事同盟下で住む人は16%になっていることも示し、こう語りました。「軍事同盟をなくすのは今日の世界の流れです。党の綱領は、安保条約を廃棄し、アメリカとは、対等平等の真の平和友好条約を結ぼうとのべています」

 市田さんと同じ年の生まれだという比嘉末子さんは、「生きている間に、基地も安保もない沖縄を実現したい。そのために共産党にもっと大きくなってほしい」。飛び入り参加の高校生は、「安保条約をなくせば基地をなくせると初めて知り驚きました。私たちの世代にそういう沖縄にしたい」と話しました。

 前田政明県議は、県議会で仲井真知事に、「“沖縄のどこにも基地を受け入れるところはない”というなら、一致点でがんばろう」と迫ったことを報告し、会場をわかせました。

歴史ひらく人生

 「集い」の最後に市田さんは心をこめて入党を呼びかけました。

 「野球もそうですが、応援だけでは勝てません。グラウンドに出て、歴史を切りひらく主体的人生を歩みましょう。みんなそれぞれキラッと光る個性をもっています。それを自分だけでなく社会と歴史の進歩に役立たせてほしい。そうすれば『値打ちのある生き方をしている』と生きがいを感じるし、若返ります」

 党員の知人に誘われ参加した58歳の男性は「庶民の目線で語る市田さんの姿に、これが本当の政党だと感じました」と入党申込書に記入しました。

 司会を務めた前田千尋那覇市議は、充実感いっぱいの笑顔でした。

 「市田さんの家族の話、沖縄でたたかってきた先輩たちの思いを聞いて、日本共産党が本当に命を大切にする党、人にやさしい党だと、あらためて感じました。知事選では悔しい思いをしましたが、歴史は確実に前にすすんでいます。2011年、みんなで元気に頑張ります」

記事 富山  健
写真 橋爪 拓治

「綱領を語り、日本の前途を語り合う集い」とは

 「支部が主役」で、幅広い人たちに参加を呼びかけ、職場・地域・学園の要求や政治への思いなどを出し合いながら、日本の前途や党綱領を自由闊達(かったつ)に語り合う集いです。安保・外交、財源論、党名などの疑問にも丁寧に答えることができ、政策への共感にとどまらず党の路線そのものへの理解を広げる活動です。党と国民の絆を深め、「結びつき」を生かして要求運動を豊かに発展させる力になるとともに、党員、「赤旗」読者、支持者を広げる力となり、「選挙活動全体を発展させる『軸』」(第2回中央委員会総会での報告)として、全国でとりくまれています。


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